知っとくとちょっとカッコイイ、豆知識
Alfred Lion
有名レーベル "Blue Note" の創始者。ドイツはベルリン生まれ。憧れて二十歳で渡米、ニューヨークにて転職生活。30代でブルーノートを創業。軍隊にレコードを売って大儲けしたり、技術革新に伴うレコードの回転数や、材質、マスターテープの規格の変化につきあわされたり。と時代の流れには随分と翻弄されたようです。リー・モーガンの "サイド・ワインダー" がヒットしたかと思えば需要過剰の対応に追われたり、苦労人の典型例。しかし50年台中頃には "ブルーノート・スタイル" を確立する程の偉業を成し遂げました。1967年にブルーノートの経営から退き、1987年、心臓で没。このレーベルで活躍したアーティストは以下。セロニアス・モンク、バド・パウエル、アート・ブレイキー、ホレス・シルヴァー、マイルス・デイビス、ハービー・ハンコック等。1979年ブルーノートは一度活動を停止しますが80年代中頃に再起。現在に至っています。
Rudy Van Gelder
録音技師。最初(50年台)はニュージャージー州ハッケンサックにある実家がレコーディングスタジオでいくつかの名盤を録音したのち、より大きく広いイングルウッドクリフス(近所)にスタジオを引っ越しました。そして現在でもそれは変わっていません。今手元にあるCDの殆ど全ての "recording" 欄には必ず彼の名があります。Jazzのレコードは全てではなかろうか。そして現在ではかつての伝説的名盤やアナログレコードのりマスタリングで多忙であるとの事。音にうるさいJazzファンは今後の彼の活動に注視するべきでしょう。
高齢でもまだまだバリバリの現役です。まさに生ける伝説と言えるでしょう。
Be Bop
スイング・ジャズの次に現れたスタイルです。‘40年代は、グレン・ミラーやベニー・グッドマンオーケストラ等のスイング系ビッグ・バンド・オーケストラの全盛でしたが、その華やかな水面下ではゆるやかに時代の移行は起こり始めていました。大掛かりなホーンのビッグバンドから少人数のコンボやトリオ、カルテット、クインテットのバンド編成にちょうど移行し始めた頃です。テーマメロディーを元に自由にアドリブ展開してゆく演奏スタイルなのですがビッグバンドのオーケストラだとこれは無理です。演奏がまとまらずバラバラになるからです。きっかけは仕事(オケ)の後で数人がジャムセッションを始めた所からでした。これがいまや "モダン・ジャズ" の礎となり、後に " ハードバップ " "ファンキー" や "モード" へと展開されてゆくことになります。
Hard Bop
1955年のチャーリー・パーカーの死は悲劇的でしたが、おかげで彼に追従する若手演奏家の活動が際立ってきました。これにより更なる進化がもたらされビバップをより発展させた新しいJazzのスタイルが出来上がることになります。よりフレーズを重要視する一方で他のジャンル、とりわけアフロ・キューバン/ラテン音楽(マンボやルンバ等)、加えてウエストコースト・ジャズの要素、黒人のブルースフィーリングをもさらに強めたスタイルになります。リズムは更に細かく解釈され小刻みにスピーディに演奏されるようになります。また、曲ごとのテーマの解釈もビ・バップに比べ原曲を元に叙情的かつメロディックに表現されるようになります。トランペット奏者のクリフォード・ブラウンとドラマーのマックス・ローチがハード・バップの "お手本" としれ知られます。そしてアート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズによる「バードランドの夜vol.1 vol.2」もハード・バップの典型として知られます。おなじ時期マイルス・デイビスは「バグス・グルーヴ」を録音しますが。これもハード・バップに類別されます。この録音の現場でマイルスはアンサンブルの調和においてかなり神経質だったと言われています。結局のところハード・バップは前身となるビ・バップに比べ緻密に抑制され、情緒豊かになったスタイルと言うことになります。一概には言えませんがこのハード・バップこそ初心者リスナーに最も近づいた演奏スタイルな気がしています。それにしてもハード・バップという呼び名とはちょっと印象が違いますよね。


Fankey
言葉自体は、お察しのとおり「明るく」「陽気」な意味ですが、確かにアート・ブレイキーの「モーニン」、ホレス・シルバー「ソング・フォー・マイ・ファーザー」。これら典型とされる2曲を聴いて見みても確かに弾むような派手さがあります。ビバップ、ハードバップの延長にあるスタイルですが、前身となるハードバップから更にブルース、ファンク等の黒人要素がさらに強くなった物です。教会音楽(ゴスペル)の影響もありペンタトニックなブルー・ノート・スケールで曲が表現され、楽器もオルガンやギター、ヴィブラフォンなどが活躍するようになります。従ってハードバップを " アフロキューバン・ジャズ " とするならファンキーはさしずめ"ソウル・ジャズ"と言った所でしょう。
Mode
かなり明確で具体的な話になりますが、 1958年にトランペット奏者のマイルス・デイビスが、アルバム「カインド・オブ・ブルー」を発表しました。この一枚のアルバムが "モード" の始まりです。聴けば判かるのですが、音楽のジャンルと言うものは発展し進歩するに従って「多様化」も追求されるようになってきます。「多様化」とはすなわち演奏の「自由化」とも解釈できます。'60年代末から'70年に「フュージョン」が現れて更なる新しい楽器が現れるまで限られた楽器でいかに豊かな表現をするかに取り組んだ中で必要な時代の変化だったのかもしれません。このときマイルスとともに録音したミュージシャン達は皆、 "モード" に類別されます。参加したアーティストは、テナー・サックス奏者ジョン・コルトレーン。アルト・サックス奏者キャノンボール・アダレイ。ピアノ、ビル・エヴァンスとウィントン・ケリー。ベース、ポール・チェンバース。ドラムス、ジミー・コブ。中でもとりわけコルトレーンは1960年代を通してモード的演奏を他の誰よりも追究し、彼の研究者が現れる程にまでなりました。jazzgateではこれから聴き始める初心者リスナーの人々には "モード" 自体はあまり推奨していませんが、ビル・エバンスとキャノンボール・アダレイ。この二人はお勧めです。いきなりマイルスやコルトレーンは正直シンドイですが初心者向きの良盤も確かにあります。
Fusion
日本では、F1等でおなじみの「T・スクエア」 なんかが典型例です。当時は、 "ジャンルの垣根を越えた " と言う意味で「クロス・オーバー」と呼ばれていました。総じて印象を述べるとJazzに比べ非常に "明るい " です。Jazzが夕方から夜の時間帯だとすると、Fusionは夜明けから日中にかけてのムードです。 " 落ち着く " 音楽をお求めならやはりJazzでしょう。しかし今聞くと懐かしいのです。またえも言えぬ " 新しさ "をも感じるのです。多くの場合一時期「最先端」と持てはやされるものは時間が経つにつれ廃れてしまいますが、現在では一つの音楽ジャンルとして完全に定着してしまいました。歌が少なくインストルメンタル(器楽曲の意)主体の特性から、ユーザー(店やTV番組等)からは扱いやすく、演奏者側からは参加しやすい、 " 都合の良い " ジャンルでもあります。そして、「ニュー・アコースティック」系の現在のバンドは、アコースティック楽器を主役として多様なアンサンブルが組めるので、Jazz よりも Fusion 風のアルバムが多いです。
Smooth Jazz
判り易さ、取っ付き易さを趣旨とするJazzGateの理念に一番近づいているジャズ・ジャンルです。もともとラジオ局が唱え始めた " 呼び名 " ですが、モダン・ジャズの歴史の中で潜在的に昔からあったような気がしています。例えば'70年代のフュージョンの名盤、スパイロ・ジャイラ「モーニング・ダンス」は、スムースジャズではないかと言われていますが、当然この頃は " スムース " の " ス " の文字すらありませんでした。 フュージョン同様、ラジオ、テレビ等の大型メディアに喜ばれコンピレーションやオムニバス(複数アーティストやアンソロジー)など、" 寄せ集め " の物が多く、Jazzの " うま味 " のみを取った企画物が多いです。「イージー・リスニングの発展系」等とも言われている様ですが、敷居が高いと思われがちなJazzにとって必要な動きなのだと思います。アドリブも大事だし、前衛に挑戦する進歩的な姿勢も大事ですが、やはりそれも聴衆あってのJazzだと思うのです。